大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成元年(行ウ)23号 判決 1990年6月22日

原告

藤田邦彦

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

被告

名古屋市人事委員会

右代表者委員長

河野昂

右訴訟代理人弁護士

冨島照男

中山信義

宮澤俊夫

主文

一  被告が平成元年六月八日付けでした、原告の同年五月二九日付け要求にかかる勤務条件に関する措置の要求は取り上げないとの判定は、これを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五一年四月一日名古屋市教育委員会から名古屋市公立学校教員に任命され、昭和六一年四月一日以降名古屋市立大高北小学校(以下「大高北小」という。)に勤務するものである。

2  原告は、平成元年六月五日から同月一五日までの間国際交流教育のためのベトナム研修旅行を計画し、同年五月一一日、大高北小校長亀井省三に対し、右旅行は教育公務員特例法(以下「教特法」という。)二〇条にいう研修に該当するとして、同条二項に基づき右旅行を研修として承認し、右旅行期間について原告に職務専念義務の免除を与えることの申請をした。右亀井校長は、右申請に対し、研修としての承認、職務専念義務の免除をせず、右旅行期間中の日について年次有給休暇扱いとした。

3  そこで、原告は被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき、平成元年五月二九日付けで、大高北小校長が、原告の国際交流教育のためのベトナム研修旅行参加(期間・同年六月五日から同月一五日まで)を研修として承認し、職務に専念する義務の免除をすることを求める旨の措置要求を行った。

4  これに対し、被告は、平成元年六月八日、地公法四六条に規定する「勤務条件」に関する措置の要求の対象となる勤務条件に関するものとは認められないとの理由で、右措置の要求を取り上げない旨の判定(以下「本件判定」という。)をした。

5  本件判定は、以下に述べるとおり法律の解釈を誤った違法なものであるから、取り消されるべきである。

(一) 措置要求の制度は、地公法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協約締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会(以下「人事委員会等」という。)の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとするもの、すなわち、職員の労働基本権を制限する代償として設けられたものである。

このような制度の趣旨に照らすと、地公法四六条件にいう勤務条件とは、一般の労使関係において団体交渉の対象とされ得る労働条件に関する事項一切を広く意味するものと解されなければならず、職員が地方公共団体に対し勤労を提供するについて存する諸条件で職員が自己の勤務を提供し、またはその提供を継続するかどうかの決心をするに当たり一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものであり、職務専念義務の免除など職員の服務に関する事項もそれが同時に勤務条件に関するものであれば措置要求の対象となるものである。

したがって、「勤務条件」を経済的地位の向上に関連した事項に限定することは根拠がなく、また、仮にそのように限定的に解したとしても、経済的地位という概念自体相対的なものであるから、本件の職務専念義務の免除も、後記のとおり、経済的地位の向上に関連した側面を有するとみることができる。

(二) 職務専念義務の免除は学校の管理運営事項としての側面を有するものであるが、一方において休暇や勤務時間の問題と類似する面がある。基本的には管理運営事項といわれるものの中にも多かれ少なかれ労働条件に影響を与えるものがあり、それらは労働条件に関わりをもつ以上、管理運営事項の側面があっても、その労働条件性に基づいて、措置要求の対象である勤務条件に該当するというべきである。

(三) 教特法二〇条二項は、校外での自主的研修を職務として保障した規定と解すべきである。なぜなら、教員はその職責を全うするために絶えず研究と修養に努めなければならないのであり、その研究は当該教員の担当する教育活動に直接関連する教育研究をするものであって、当該教員の職務内容に当然含まれるものであるからである。したがって、校外自主研修が職務行為である以上、単に職務専念義務が免除されるに留まらず、旅費条例に基づく出張扱いとして公費旅費支給の対象ともなり得るのであり、少くともその意味で勤務条件性を具備する。

(四) 仮に、教特法二〇条二項を地公法上の職務専念義務免除に関する特別規定と解しても、職務専念義務とは、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用いなければならない」(地公法三五条)義務をいうところ、これが免除される場合(在籍専従、厚生計画、公民権行使等)には、当該公務員は右義務から解放され自己の判断の巾を持った時間使用が許されるのであるから、職務専念義務は休暇の問題と同質性を持つ。

(五) 本件を現実的に見ても、研修承認ないし不承認は年次有給休暇の問題と裏腹の関係にあって、本件研修不承認の結果、前記旅行期間中の日は年次有給休暇扱いとなったもので、研修承認(職務専念義務免除)が一面において休暇、勤務時間の問題であることは否定することができない。

(六) 勤務時間内の校外自主研修に対する校長の承認は、教特法が自主研修の機会を特に保障した趣旨に鑑みれば、教員から研修承認申請がされた場合、授業に支障がなく、また当該自主研修の内容が研修制度の目的を逸脱すると認められる場合でない限り、これを承認すべきである。右承認に校長の裁量的判断に委ねられるべき部分があるとしても、それは右に述べた限りにおいて認められるべきである。

本件研修は、期間中学校行事はほとんどなく、授業への支障が小さいことは明らかであり、その内容は、原告の勤務校が昭和六三年度から全教員一丸となって学校ぐるみでベトナムのホーチミン市等の公立小学校と国際交流教育を進めてきた(絵の交換、駐日ベトナム大使の訪問等)一環としてベトナムの公立小学校を訪ね、勤務校の児童の絵を渡し、さらに、教職員及び児童と語り合い、日本の教育とベトナムの教育の交流を図ろうとするといったものであり、これが研修制度の目的を逸脱しないものであることは明らかである。<事実欄以下略>

理由

一請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が平成元年五月一一日大高北小亀井校長に対し、同年六月五日から同月一五日までの間に国際交流教育のためのベトナム旅行を予定しているとして、教特法二〇条二項に基づき右旅行を研修として承認し、右旅行期間中の日について原告に職務専念義務の免除を与えることの申請をしたこと及び右亀井校長が右申請に対し研修としての承認ないし職務専念義務の免除をせず、右旅行期間中の日について年次有給休暇扱いとしたこと並びに同3(ただし、措置要求において研修の承認等を求められたのが大高北小校長であったか、名古屋市教育委員会であったかについては争いがある。)、4の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件措置要求が地公法四六条の「勤務条件」に関するものであるかどうかについて検討する。

1  地公法四六条の趣旨は、同法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協約締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとするものである。すなわち、職員の労働基本権を制限する代償として人事委員会等に対する措置要求の制度が設けられたものである。

右制度の趣旨に照らせば、地公法四六条にいう勤務条件とは、職員が地方公共団体に対し自己の勤務を提供し、またはその提供を継続するかどうかの決心をするに当たり一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものであり、給与、勤務時間、休暇等、職員がその労務を提供するに際しての諸条件のほか、宿舎、福利厚生に関する事項等労務の提供に関連した待遇の一切を含むものということができる。

もっとも、勤務条件の意義をこのように広く解するとしても、地方公共団体がなすべき責を有する職務の内容そのものを勤務条件と解するのは相当でなく、地方公共団体の事務の管理及び運営のあり方そのものに対し無制約的に苦情を申し立て得ると解すべきではない。

2  管理及び運営に関する事項との関連について更に考察するに、地公法五五条三項は地方公共団体の当局と職員団体との交渉事項について「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」と規定するが、右規定の趣旨は、右の管理運営事項は法令に基づき権限を有する地方公共団体の機関が自らの責任で処理すべきものであり、これを私的団体である職員団体と交渉して決めるようなことは法治主義に基づく行政の本質に反すると考えられるところから、職員の勤務条件に関連する事項であっても地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項については団体交渉の対象とすることができないとしたものと解される。これに対し、人事委員会は、給与、勤務時間その他の勤務条件、厚生福利制度その他職員に関する制度について研究を行い、その成果を地方公共団体の議会等に提供し(地公法八条一項二号)、職員に関する条例の制定等に関し地方公共団体の議会等に意見を申し出(同三号)、人事行政の運営に関し任命権者に勧告する(同四号)等の法律上の権限を有するものであり、人事委員会等は措置の要求があったときはその判定の結果に基づいて当該事項に関し権限を有する地方公共団体の機関に対し必要な勧告をするものとされている(同法四七条)のであるから、人事委員会等が関与する地公法四六条の措置の要求においては、管理運営事項について一切対象事項とすることができないと解する必然性はなく、管理運営事項に該当する場合であっても同時に前記意味における職員の勤務条件にも関連する事項については措置要求の対象とすることができると解すべきである。措置要求の制度は前記のとおり労働基本権制約の代償として設けられたものであるが、そうであるからといって措置要求の対象事項を地公法上職員団体に認められた団体交渉事項に限定すべきいわれはないのであり、かえって、地公法五五条三項が前述のとおり行政上の公益目的から職員団体の交渉事項を制限したことに照らすと、その代償措置として、管理運営事項に属する勤務条件に関する事項を措置要求の対象とすることこそ右制度の趣旨に合致するものというべきである。

3  そこで、本件の場合について検討を進める。

前記のとおり、原告は、大高北小校長が原告のベトナム旅行を研修として承認せず、その期間中の日について職務専念義務の免除を与えなかったことを不服として地公法四六条に基づき措置の要求をしたものである。地方公共団体の職員は、法律または条例に特別の定めがある場合を除き、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責めを有する職務にのみ従事すべき義務、すなわち職務専念義務を負うものであり(地公法三五条)、右の除外例である法律に特別の定めがある場合の一つとして教特法二〇条二項に基づく研修の承認を受けた場合があり、右承認によって職務専念義務の免除がされるものと解される。

職務専念義務の免除がされた場合、職員は、勤務時間中であっても、その勤務時間及び注意力のすべてを職責遂行のために用いて職務に従事すべき義務から解放され、職務上の上司の直接の監督から離れ、右免除がされた目的の範囲内において一定の裁量の巾をもって時間使用をすることが許されることとなる。

ところで、職務専念義務の免除は、勤務時間中の服務に関する事項であり、これを承認するか否かの判断は必然的に公務の管理、運営と関連する。本件においては、大高北小の校務運営上の影響の有無、程度等を考慮して右判断がされなければならないものであり、原告に対し職務専念義務の免除の承認をするか否かは学校の管理運営事項であるといわなければならない。しかしながら、他面において職務専念義務の免除がされた場合当該職員は服務の根本的な義務を免れるのであり、形式的には勤務時間中といっても、勤務時間及び注意力のすべてを職責遂行のために用いるべき義務から解放され、免除の趣旨に従い自己の裁量をもって時間使用することが許されることになるから、多くの場合実質的に休暇又は勤務を要しない日の指定がされた場合と大差ないことになる。したがって、職務専念義務の免除の問題が管理運営事項であるからといって、そのことから直ちにそれが勤務条件と関連しないとはいえないのであって、むしろ職務専念義務免除の問題は、原則的に勤務条件と関連するものというべきである。

もっとも、本件における職務専念義務の免除は、勤務時間中にいわゆる校外研修を行うことを承認するものにほかならないから、厚生計画参加の場合などとは異なり、直ちに休暇等と同視することはできない。しかしながら、教育公務員は、勤務時間の内外を問わず、絶えず研究と修養に努めることが義務づけられているのであり(教特法一九条一項)、真に必要とされる研修が同法二〇条二項の研修として承認されないときは、これに参加するために休暇、休日を実質的に返上せざるを得ないことになる。したがって、右研修承認の問題は、右の側面からみても勤務条件と関連を有するのであり、以上を総合すると、本件において原告が求めた研修の承認とそれに伴う職務責任義務の免除の問題は学校の管理及び運営に関する事項であると同時に地公法四六条の勤務条件に関する事項でもあり、したがって、同条の措置要求の対象になるものというべきである。

4  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件措置要求につき、地公法四六条に規定する勤務条件に関する措置の要求に該当しないとの理由でこれを取り上げないとした本件判定は違法であるから、取消を免れない。

三よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水信之 裁判官遠山和光 裁判官根本渉は転勤のため署名捺印することができない。裁判長裁判官清水信之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例